[開設 07/03/23=MM/DD/YY]
弱順序
数学では
議論の対象にならないが,
心理学や
経済学などの
人文社会系の分野でよく使われる順序が
ある.
それが弱順序である.
反射性と推移性と比較可能性を持つ 2 項関係を
弱順序 (weak order)
と言う.
弱順序は,
全順序から反対称律を除いたものと言える.
心理学では,
人間が感じる 2 つの刺激の強さ(音の大きさ,
音の高さ,明るさ等)の比較を記述するのに,
弱順序が使われていた.
例えば,2 つの刺激
x,y
が与えられ,
被験者にとって x の方が強いか,
もしくは同程度であると感じられたことを
x ≿ y
と書くのである.
このとき,
弱順序の 3 条件は下のような意味あいになる.
-
反射性:x ≿ x : 「同じ刺激どうしは同程度」
-
推移性:x ≿ y, y ≿ z
⇒ x ≿ z :
-
「x が y より強い(か同程度で),
y が z より強い(か同程度)なら,
x は z より強い(か同程度)」
-
比較可能性:x ≿ y または y ≿ x :
-
「x の方が y より強い(か同程度)か,
y の方が x より強い(か同程度)か,
のいずれか」
人文社会系の分野で最もよく扱われ,
工学系の分野でも扱われているのが,
選好関係 (preference relation)
である.
議論の対象になっている個人もしくは集団(主体と呼ぶ)にとって,
ある対象 x が
別の対象 y
よりも好ましいか,少なくとも同程度であることを
x ≿ y
と表し,
x は y より選好される
という.
x ≿ y かつ y ≿ x
であるとき,
x と y は無差別 (indifferent) であるといい,
x ∼ y
と書く.
x ≿ y かつ, x ∼ y でない
とき,
x は y より強選好される
といい,
x ≻ y
と書く.
数学的に
次のことが成り立つ
(各自 確認されたい).
x ≻ y
⇔
x ≿ y かつ, y ≿ x でない
x ≿ y
⇔
x ≻ y
または
x ∼ y
このとき,
弱順序の 3 条件は下のような意味あいになる.
-
反射性:x ≿ x : 「同じ対象どうしは無差別」
-
推移性:x ≿ y, y ≿ z
⇒ x ≿ z :
-
「x が y より選好され,
y が z より選好されるなら,
x は z より選好される.」
-
比較可能性:x ≿ y または y ≿ x :
-
「x が y より強選好されるか,
y が x より強選好されるか,
x と y は無差別であるか,
のいずれか」
選好関係には,
Arrow の一般可能性定理など,
興味深い話題がいろいろとある.
時間があったら紹介したいと思っている.
注意:
刺激の強さの判断にしろ,
好みの判断にしろ,
人間には
非常に小さな差は識別できないから,
厳密に言うと,
現実の
判断は弱順序には成り得ない.
例えば,
x と y の差は小さすぎて識別できず(x ∼ y),
y と z の差も小さすぎて識別できないが(y ∼ z),
x と z の差となると少し大きくなって
識別できる(例えば x ≻ z)
ということは起こり得る.
そして,この結果は推移律を満たさない.
しかし,
このようなことを考慮すると
モデルが複雑になりすぎるので,
弱順序を仮定するのである.
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